手折る必要など、ない(蔵人)



一面の花畑。
花畑から手を振るのは、
ロシアの皇女 アナスタシアさん。


彼女は花畑に埋もれながら
楽しそうにこちらをみて手を振る。
彼女の手には花で作った花冠。
きっと夢中になって作っていたのだろう。
その様子を想像して自然と顔がゆるむのがわかった。


彼女には花畑が似合う、と心から思う。
あまりにも
花畑にいる彼女が
不自然なくらい自然すぎて一瞬、目を疑った。


カノジョガ ミツケラレナイ


彼女は花となってしまったのだろうか。
いいや、ありえない。
けれども、
心に残るは焦燥感。


「蔵人さま?」


花冠を頭にのせ、まだ花畑にいるアナスタシアさんに
話しかけられ、ようやく彼女を見つけ出す。
よほど自分は変な顔をしていたのだろう。
彼女が心配そうに僕を見つめている。


「すみません、なんでもありません」


努めて、努めてなんでもないふうを装う。


“ウソ”ダ


心の奥底から声がささやく。


なんでもない、なんて うそだ
花に埋もれた彼女を見失って焦ったくせに。

見失うくらいなら―――

イッソ タオッテシマエ


手折って自分のものにしてしまえ、と声はささやく。
それは甘い勧誘。
そうできたらどれだけよいだろうと思う。
その誘いに乗ろうとしたのか、自分の手が動く。
その花を、つかもうと。


「蔵人さま?」


彼女は花畑から飛び出して、こちらに走ってくる。
そして僕の隣に来て
わけがわからなさそうな顔をこちらに向けてくる。


ホラ ハヤク タオッテシマエヨ


「蔵人さま、本当にどうかしたのですか?
 なにかお疲れなのですか?
 なんでもアナスタシアに言ってくださいね!」


彼女はその小さな両の手を胸の前で強く握って力説する。
その姿に
頭の中で響いていたあの声が止まった。


そうだ、
彼女はここにいる。

僕のそばにいる。

見失うわけがない。

彼女がそばにきてくれるのだから。

だから、

だから―――

手折る必要など、一つもないのだ。


「そうですね、じゃあ、
 アナスタシアさんにひとつお願いがあります」

「はいっ!なんでも言ってください!!」

「手を つないで帰りませんか?」

「えっ?手…ですか?」

「はい、手、です」


こうして僕は花畑から
一輪の花を持ち帰る。
手折るのではなくて、
包み込むように。


僕の中のあの声は
もう
聞こえない

彼女がそばにいるかぎり、
聞こえない

お前の声は必要ない。
安らかに眠れ、僕の中で。










花畑はロシアの雪の「白」をイメージしました。
ロシアにアニーが帰る前に既成事実(ばきゅーん!!)を
作ってしまおうという蔵人さんのMUTTURI★という話。
身も蓋もない…。



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