ただ、ひとつ(フュリー)


風がひどくざわついているような気がする。
まだ明け方ではないというのに、目が覚めた。

目が覚めたら、人影。
壁際に、立っている。
私はその人影に見覚えがある。


「フュリー…」

「 !! シルヴィア、あなた!!」

シルヴィアは戦争に巻き込まれないように
王妃様が城から脱出させたと聞いたけど…。
なぜここに?
そんな私の動揺も気にせずシルヴィアは続ける。

「フュリー、
 この戦争が終わったらダーナ…へ…行って」

風に混じって声が聞こえ、
酷く声が伝わりにくい。

「ダーナにリーンと…が…」

「…ダーナ?」

「…お願い…」

「シルヴィア!!」

あっという間に消えてしまった。
彼女は夢か幻か。

いいえ、
一陣の風とともに若緑の葉を残していった。
彼女は幻ではない。

まるであの時のよう。
私にロザリオを投げつけて去って行った、あの時。
あなたはあの時のまま。
なんて彼女らしい。

「言うだけ言ったら去るなんて。
 シレジア王子妃で、
 しかも親友の頼みじゃ断れないじゃないの」

もはや彼女には聞こえないだろうが、
少し怒った素振りをみせてみる。
人の話も聞かずに行くなんて。
どれだけ、彼女のことを心配していたか。

でも、それでも彼女を憎めない。
結局私は彼女に弱いのだ。

あなたの頼み、
このロザリオにかけて。

















あれから何年過ぎたのかしら。
結局、戦争も終わらず、
シルヴィアとの約束を果たす前に病気にかかってしまった。
今の私は病床の住人。

じっと手を見る。
いつから私はこんなにも体も心も弱くなったのか。

いいえ。
最初から弱かった。

クロード様や、私に関わったすべての人が私を支えていたにすぎないのよ。
今更になって気づく。


息子のセティは父上のクロード様を探しに家をでていってしまった。
言えなかった。
もうクロード様はいないのだと。
ブラギの使命は貴方が継ぐのだと。

死ぬのは怖くないといったら嘘になるけど、
嫌ではない。
クロード様が待っていると知っているから。

ただ、心残りがあるとすれば…。


「フィー、あなたにお願いがあるの…」

「なに?かあ様?」

「ダーナに行って。
 きっとダーナにはシレジアの王女がいるはず」

「シレジアの…王女…?」

「そう。
 このロザリオをあなたにあげる。
 かつてシレジアの王子妃からもらったものなのよ。
 このロザリオがきっとあなたを導いてくれる」

「…わかったわ、かあ様。
 きっと時間がどれだけかかっても探すから!!」


ありがとう。
ごめんなさい。

セティはクロードさまの十字架を背負い、
フィーには私の十字架を背負わせてしまった。


でも、これで心おきなく休める。
クロード様にもシルヴィアにも顔向けができる。

もうすぐ私もそこに行きます。






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