後ろは、みない(シルヴィア)




追われている。

そんなこと今更確認しなくてもわかってる。
でも、
でも。

それでいいの。







レヴィンがバーハラに旅立ってから何ヶ月か過ぎたころ、
敵兵はシレジアに押し込んだと噂に聞いた。

ああ、レヴィンは失敗したんだな、って思った。
思っただけで別に驚かなかった。
わかっていたから。
知りたいのはそんなことじゃない。
彼の生死。
それが知りたい。



あたしはレヴィンがいなくなってから
シレジアからリーンと侍女を一人連れて出国した。


レヴィンが無事に帰ってきたらシレジアに戻るつもりだった。
でも、そうでなかった場合はそのまま異国でリーンが大人になるか
戦争が終わるまで守る。
それがラーナさまとも話し合った結果。
聖戦士の血を絶やすわけにはいかないそうだ。
なによりも
あたしとリーンを守ろうとしてくれたのがわかる。
だから、精一杯逃げようと思った。


あたしは旅の踊り子に変装して逃げた。


シレジアを出国してから
妊娠していることに気がついた。
気がついてしまったからにはもう踊れない。
旅芸人に扮することはできなくなった。
そして立ち寄ったダーナの街で男の子を生んだの。


名前はコープル。
コープルが男の子で良かった。
リーンが生まれる時に男の子だったら、ってレヴィンと名前を決めていたの。
女の子だったら名前をつけるのに困ってしまう。



そしてシレジアの噂をダーナの地できいた。
シレジアは奮闘して
なんとか敵兵を追い払ったそうだけど、
疲弊したそう。


シレジアに戻りたかったけど
それじゃあラーナさまの好意が無駄になる。
それに戻ったからって
何ができるわけでもない。
特にこんな産後の体じゃ…。


そして、
ダーナにも追手がやってきた。


追手はシレジア王子妃の外見的な特徴は知らされていた。
シレジアに戻るどころか
小さい二人を連れて逃げれるのかどうか…。

だからリーンを修道院に侍女とともに預けた。
院長先生に事情も話したら及ばずながら力になってくれるって。

でも、
コープルはだめだった。

聖痕が強く出すぎていた。
一般人がみればただのアザだけど、
見る人が見ればわかってしまう。
それをかくまった修道院も罰せられてしまう。
申し訳なさそうに院長が言った。

仕方がない。
リーンとコープルを引き離すのにも抵抗があるけど
後で迎えに来ればいいだけのことだもの、と自分を納得させる。
暗い考えがどうしても頭をよぎったけれど。




リーンを預けてからコープルを抱いてダーナを出ようとした。
けれども追手の方が上手だった。
見つかってしまった。

産後の重い体を引きずってなんとか逃げた。
でも、このままいけば絶対見つかる。
あたしに抱かれたままのコープルを見る。
何かを感じているのだろうか。
泣きもしない。

「ごめんね、なんとか生き延びたかったけど、これが限界みたい
 せめてコープルは生き延びてね…」

そう言い聞かせて
ふと、昔のあたしならこんなこと言わなかった、と思った。

『あきらめる』
ううん、
『受け入れる』
それが以前のあたしだった。

でも、
今のあたしはコープルを必死に逃がそうとしてる。
運命に逆らおうとしている。

月日があたしを変えたのか。
それともレヴィンとの出会いがあたしを変えたのか。

時間は待ってくれない。
ひどく、昔が懐かしい。

あたしは首にかけていたロザリオをコープルにかける。

「これ、母さまのかけがいのない人がくれたのよ。
 彼女はあなたのことも絶対見つけてくれるはずよ。
 このロザリオをみればわかってくれる
 だから…」

コープルを細い路地に隠す。

本当は、ロザリオ、
ずっと持っていたかったけど、
時間がそれを許してくれそうもない。
コープルが大きくなるまでなんて待ってくれない。
だから、今、コープルにあげる。

「それまで生きていてね」

愛しい人が見つけてくれることを祈りながら。


「いたぞ!」

「こっちだ!」

わざと見つかる。
コープルを隠した路地から離れる。
なるべく遠くへ。

そして岬にたどり着いた。

「そっちは崖だ。もう逃げられないぞ!!」

後ろを見る。
確かに崖だ。

捕まるわけにはいかない。
あたしはあたしなりにレヴィンの愛したシレジアを守る
シレジアの足かせにはならない。




後ろはみない。
足を後ろに踏みしめる。
それだけ。


視界が空一面になる。


もう彼らが何を言っているのか聞こえない。
空一面の青と、あたしの手だけが見える。




ねぇ、レヴィン。
あたし、シレジアの王子妃としてのお役目、
レヴィンの奥さんとしてのお役目、
ちゃんと果たせた??

レヴィンにたくさん「好き」って気持ち、返せた?
ねぇ、レヴィン?



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