月明かり(シルヴィア)



「いっちゃったね、リーン」

月明かりに照らされて眠っている
まだ小さな娘に話しかける。
独り言のように。

あのばかは行っちゃった。
愛しい妻と娘を置いて。

でも、仕方がない。
レヴィンはずっと、生き残ったという罪悪感に蝕まれ、
身動きできないでいた。
そんな彼を見るのはつらかった。

せめて、シレジアにいる間は
彼が安らげるように明るくふるまっていたつもりだけど、
本当は
おびえていた。
この日がくることを。
彼が、レヴィンが、いなくなる日を。


そっと、レヴィンが残していった緑の小石をみる。
これ、きっとただの石だけど、
リーンへのプレゼントにしよう。
あたしはレヴィンにたくさんの思い出と安らぎをもらったけど、
リーンは違う。
まだこんなに幼いのだもの。
父親のことなんて忘れてしまいそう。

だから、
だから…、

リーンにあげる。

父親のこと、レヴィンのこと、
覚えていてあげてね。


さあ、あたしも用意しなきゃ。
最悪の場合の準備を。

あたしだって、
この一年、シレジアでいろんなことを学んだ。
戦争のことも。

神器・フォルセティを持つレヴィンが不在だとわかったら
きっと彼らは攻めてくる。
そんなチャンスを逃すはずがない。
きっと、彼らはリーンも狙ってくる。


リーン自体は聖痕が薄くてフォルセティも使えないけど
リーンからフォルセティ継承者が生まれるという可能性は
ないわけじゃない。

この時代に大きな力をもつ敵は目障り。

あたしだって
いつまでも何もわからないままじゃない。
守るべきものができたから。

レヴィンの残したリーンと、
このシレジアと。


自分の胸にかかっていたロザリオが月明かりに照らされて光った。
このロザリオをくれた人物の顔が脳裏に浮かぶ。

「…フュリー…」

不意に彼女に会いたくなった。
いつまでも変わらない、
「くそ」がつくほどまじめな彼女に。

でも、会えない。

彼女のことだ、
人の心配にかまけて、
自分のことをおろそかにしてしまうに違いないから。

こんな心配も無駄だったわ、
と後から笑って彼女に報告できるなら、
一番いい。
そう願っている。

でも、その願いも
期待できなさそうだ、と直感で感じる。
あたしの直感はあんまりはずれたことがない。

せめて、ロザリオを握りしめて心を落ち着かせよう。
フュリー、
あたしに力を貸して。
明日に立ち向かう勇気をあたしにちょうだい。


あたしの心とは裏腹に
月が穏やかに光る。
なんだか憎たらしいと思う。




「契約という名の十字架」目次にもどる

FEの部屋に戻る

TOPに戻る